拾い読みメモ「インストラクショナルデザインの理論とモデル」
学び方や教え方といったことにも興味がある私は、書店で教育系の棚を眺めに行くことがある。しかしこの分野の知識体系はほとんど持ち合わせていないため、ランダムに本を手にとってパラパラとめくったりしながら、その時の気分で何かが目に留まるのにまかせる。ある時ふと『インストラクショナルデザインの理論とモデル』という書名が目にとまり、購入した。
分野的に私には知識ベースが足りないのと、本が各論ではなく全体像を示すことが目的(と私は解釈した)なこともあり、詳細を議論できるほどに読み込めていないが、流し読みして気になった点をメモとして残しておく。
インストラクショナルデザインの理論とモデル: 共通知識基盤の構築に向けて
- 作者: チャールス・M.ライゲルース,アリソン・A.カー=シェルマン,Charles M. Reigeluth,Alison A. Carr‐Chellman,鈴木克明,林雄介
- 出版社/メーカー: 北大路書房
- 発売日: 2016/02/12
- メディア: 単行本
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この本では、現在でもさまざまな研究が続けられている「教授理論(instructional theory)」をとりまく、最新の状況が体系的にまとめ上げられている。
私がとりわけ興味を抱いたのは、14章「教授理論のアーキテクチャ」あたりの内容だ。教授理論というのは複数の理論群の総称で、実体としては独自に発展した個別の理論、および理論とは呼ばないが経験的に実施されているものも含めていくつもある。 それらの特性を評価するための道具としていくつかの提案があるのだが、以下の2つが気になった。
- 設計理論とドメイン理論との区別
- 教授理論の設計レイヤー
設計理論とドメイン理論との区別
上に書いたように、教授理論としてはさまざまなものがある。それら個別の理論は、技術や能力をよりよく教えるという大きなゴールを共有している。そうであるなら、個別の理論の何らかの側面に着目することで、1つの世界観のもとで語ることができるのではないだろうか。
この本では、個別の教授理論と、教授理論の設計問題を議論するためのフレームワークとしてのID(Instructional Design)理論とが区別されており、後者を設計理論と呼んでいる。これに対して前者の個別の教授理論は、ドメイン理論と分類している。
理論群に対してこのような区別を提示することは、とても重要だと思う。これによって、個別のドメイン理論の設計的な特性を論じることができるようになるし、次に述べるレイヤーのようにより整理された視点・概念を個別のドメイン理論の設計に持ち込んで進化させていくことにも役立つはずだからだ。
なお、設計理論の必要性について、この本ではハーバート サイモンの人工物の設計科学の議論を引いて、次のように説明されている。
サイモンは、特定の適用にかかわらない、独立した一般的な「人工物の設計科学(design science of the artificial)」の設立についての議論を投げかけた。彼は設計理論家に対し、「設計の科学、つまり知的に堅強で、分析的であり、部分的に定型化可能で、さらに部分的に経験主義的な、教授可能な設計プロセスに関する理論の体系を発見すること」を要求している。
人工物の設計、とても深遠なテーマだと思う。
教授理論の設計レイヤー
私はソフトウェアエンジニアなので、レイヤーという言葉にはとても馴染みがある。それが教授理論の設計という分野でも使われていることに素直に驚いた。しかし、レイヤー概念はソフトウェアの問題に固有であるはずはなく、設計活動のあるところなら必然的に適用しうるだろう。この本ではギボンズの記述として以下の6つの教授理論のための設計レイヤーが紹介されている。
- コンテンツレイヤー(content layer)
- 方略レイヤー(strategy layer)
- メッセージレイヤー(message layer)
- 管理レイヤー(control layer)
- 表現レイヤー(representation layer)
- メディア論理レイヤー(media-logic layer)
- データ管理レイヤー(data management layer)
このレイヤーを用いることで、個別の教授ドメイン理論が持つ特徴をレイヤーごとに調べ、比較することができる。さらに、教授を設計する場合にも、レイヤーごとに問題を分割して検討することが可能になると思われる。
ドメイン理論の設計レイヤーの話の起点として、スチュアート ブランド の建築設計のレイヤーの話が紹介されている。これは、次の6つのレイヤーでまとめられたものだ。
- 敷地
- 構造
- 外装
- サービス
- 空間計画
- 什器等
これを見ると、設計レイヤーとは単に表層的な内部・外部関係から導かれたものではなく、興味関心や役割の違いが反映されたものと見ることができる。つまり、個々のレイヤーがそれぞれ建築設計のサブドメインなのだ。
同じ章でさらに、ブランドの建築設計におけるレイヤー意識の影響として次の6つの要点が紹介されている。
- 各レイヤーは、異なる進度で成熟し、変化する。しかし、それらは相対的に独立し、他の個別レイヤーに非破壊的な変化を許容する範囲で設計され、接続されうる。
- レイヤーによる設計は、それゆえに適応性があり、永続する人工物を創出することができる。
- 「敷地」から「什器等」へのレイヤーの系列は、設計と建築の両方にあてはまる一般的順序である。さらに、それは異なるレイヤーそれぞれの経年速度と関連がある。
- それぞれのレイヤーには、それぞれに異なるアジェンダや設計ゴール、そして解決し統合すべき問題があり、異なる設計スキルセットが要求されることを示す。
- 建築の力学―レイヤー間ならびにレイヤー内の変化の速度―は、緩やかに変化する構成要素に支配される。速やかに変化する構成要素は、それらに「随伴」する。
- いくつかのレイヤーを一緒に埋め込むことは一見効率的に見えるが、究極的には、変化がだんだんと破壊的になるにつれて、建築物の寿命を短くする。
この6つの要点のうちの5つめ、緩やかに変化する要素に支配されるという建築の力学が特に気になった。これは、ソフトウェアの設計でいえば、パッケージの安定依存の原則(SDP: Stable Dependencies Principle)―安定する方向に依存せよ―と同じだ。建築では現実世界との相互作用が強いので、より顕著にこのような傾向があるのだろう。
機会があれば以下の本を読んでみたい。
- 作者: ハーバート・A.サイモン,稲葉元吉,吉原英樹
- 出版社/メーカー: パーソナルメディア
- 発売日: 1999/06/12
- メディア: 単行本
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How Buildings Learn: What Happens After They're Built
- 作者: Stewart Brand
- 出版社/メーカー: Penguin Books
- 発売日: 1995/10/01
- メディア: ペーパーバック
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