論理力を鍛えるための本

「自分は論理的思考がニガテなのかもしれない。」

そんな疑念を強く持ち始めたのは、ほんの5年ほど前のことだ。それ以前は、論理的思考がニガテだなど、一度たりとも考えはしなかった。

学生の頃は数学は得意科目。今は職業プログラマーとして食べている。プログラミングというのは、世間的には論理的思考を高度に要求する活動とされている。それを仕事でやっているのだから、知らず知らずのうちに、自分には人より優れた論理的思考力が備わっていると思い込んでしまっていた。なんと非論理的な・・・。

5年前に思い立って論理力を鍛えようと勉強し始めたが、何を学べば自分の論理力なるものを鍛えうるのかなど分からず、手探りしながら右往左往した。それを何年か続けてきて、どのようなことをやると良いのかが何となく見えてきた。同じようなことを望んでいる方向けに、メモとして残しておこうと思う。 

文章の構造を見定める力を鍛える

「論理力」を構成する要素の一つとして、文章の構造を見定める力というのがあると思う。与えられた文章が言わんとしていることを的確に読み取るためには、その文章の構造を分析的に眺めて説明するといったことができなければならない。私が自分に論理的思考力が無いと感じたのは、後から振り返ってみると、この構造を見定めるスキルや感覚の無さを感じていたのだと分かった。

このスキルを身につけるには、実際に文章の分析を繰り返すしかない。とはいえ、上手く整えられた練習問題があれば、自分の段階に合わせて効率よく練習していける。以下の2冊の本には、そのように整えられた練習問題が豊富にある。

論理のスキルアップ - 実践クリティカル・リーズニング入門(アン・トムソン)

論理のスキルアップ―実践クリティカル・リーズニング入門

論理のスキルアップ―実践クリティカル・リーズニング入門

 

この本(練習問題含めて)はまだ半分くらいしか読めていないのだが、それでもとても良いトレーニングになっており、他の人にも第一にお薦めしたい一冊だ。なぜか。文章の論理構造を的確に把握するためには、個々の文の内容と推論の進む方向との関係性のようなものを頭に描く力が必要になる。私の目線からすると、この本では、ある文と別の文とをつなぐ推論にスポットが当てられている。推論がうまくつながる文と、逆につながらない文とを比較して、どのような理由で「つながる」のか、「つながらない」のかを考えられるようになっている。このように「比較しながら考えられる」ことが、とてもよい練習になる。

本書の練習問題から1つだけピックアップする。

練習問題3 理由を見定める

この練習問題は、与えられた「結論」に対する理由が何であるかを見積もるトレーニングである。各問題において、結論に対する理由として適切なものを選び、なぜそれが正しく、他が誤った答えであるのかを述べよ。その理由それ自身が正しいかどうかを気にする必要はない。もし、それが正しいとした場合に、結論を支えるかどうかのみを考えればよいのである。

 

2 結論:ある仕事に対して働き手を選ぶときに、雇い主は、応募者の持つ技術ではなく、性格に基いて、決定を下すべきである。

(a) 性格は時がたてば変わるかもしれないが、技術は時代遅れになってしまう。

(b) 技術を教えるのは簡単だが、性格を変えるのは難しい。

(c) 技術の中には誰でも身につけられるわけではないものが存在するが、性格ならば誰でもよいものを身につけられる。

(p.20、21)

結論として述べたいのは、応募者の技術よりも性格を重視することが、雇い主にとってメリットがある(経済的に等)ということだ。

「論理的な思考のトレーニング」に慣れていないと、回答に迷うだろう。たとえば私たちプログラマーは一般的には持っている技術を重視して欲しいという願望が強いためか、回答 (c) を選んでしまったりする。または諸行無常的哲学を好む人が回答 (a) を選んでしまったりする。この問題は、そういうことを問うているのではない。ここからすでに論理的思考のトレーニングが始まっている。

 論理レーニング101題(野矢茂樹)

論理トレーニング101題

論理トレーニング101題

 

 論理のトレーニングと言えばこの本というくらい有名な本(改訂した「論理トレーニング」や、さらに内容を大幅にリニューアルした「大人のための国語ゼミ」もある)。接続表現(接続詞)からスタートし、それを主要な分析の観点として文章の構造を紐解く力を鍛えるような本だ。この本も私はまだ半分くらいしか読めていない。

前半の接続表現のトレーニングでは、自分が普段何気なく使っている接続詞が結構適当で、文章の意味を取りづらくしていることに気づくことができた。当然文章を書くときにも常に接続詞を気にしながら書くようになり、一定の効果があったと思える。

後半は文章の論証の構造を「論証図」に表しながら分析するというトレーニングになっているが、これが私には難しかった(なので途中で挫折中)。

本書の練習問題から、接続表現の入門問題を1つだけピックアップする。

問5 次の①〜⑦を、この順番で、[  ] 内に示された接続表現を各一回ずつ用いて、一連の文章にまとめよ。ただし、内容を変えない程度に文は適当に変更してよい。

[しかし、すなわち、そして、だから、ただし、たとえば、なぜなら]

 

① 論理トレーニングで大事なのは論理的な文章を数多く読むこと。

② さまざまな接続表現に注意することである。

③ 論理とは言葉と言葉の関係にほかならないが、それを明示するのが接続表現である。

④ 「しかし」という接続詞は多くの場合「転換」を示している。

⑤ 「しかし」の前後で主張の方向が変化している可能性が高い。

⑥ 議論の方向を見失わないためには、「しかし」という接続詞に注意することが必要となる。

⑦ ときに接続表現は省略されるので、その場合には自分でそれを補って読まねばならない。

以前の私は「ただし」という接続詞(や、それを変化させた「ただ」)を多用していて、それがおかしなクセだということにこの本を通して気づいた。

古典論理学の基礎知識

「論理力を鍛える」という文脈では、この記事前半で紹介している練習書で問題にあたると効率が良い。そういうことを知らなかった私は、最初は「論理を学ぶなら論理学」という考えで、論理学から攻めていた。教養として知っておくと何かの役に立ちそうなので、2冊の本を紹介する。

議論の論理―民主主義と議論(足立幸男)

議論の論理―民主主義と議論

議論の論理―民主主義と議論

 

この本のメインコンテンツは第二章の「議論と論争の一般理論」で、トゥールミンモデルを元にした議論についての理論解説が素晴らしい。それは別として、第一章「古典的「議論」論」では、三段論法論がいくつかの例とともに簡潔にまとめられており、論理学を体系的に学んでいない私にはありがたかった。

例えば、アリストテレスの成果によって、三段論法は256通りのパターンが可能だが、そのうち正しい推論(妥当な推論)となるのは24通りだ。それ以外は虚偽である。虚偽にもいくつかの分類がなされているが、そのうちの一つ「不当周延の虚偽」の例文は次の通り。

「失業問題を解決できなかった政府はすべて非難されるべきである(all X is Y)。しかし、ナチス政府は失業問題を解決できなかった政府でない(not Z is X)。それゆえ、ナチス政府は非難されるべきでない(no Z is Y)」

p.60

こんな文章が出てきたら、個々の文の意味や書き手の意図を汲み取る以前に、その「形式」だけで虚偽と判定が下される。三段論法って、ありがたい。

 論理学(野矢茂樹)

論理学

論理学

 

命題論理から始まり述語論理を経て、ラッセルのパラドックス、メタ論理、最後にゲーデルの不完全性定理まで到達する。体系的というわけではないけれど、論理学の方法のエッセンスを積み上げながら学んでいける本。私がなんとか読みこなせたのは第2章の述語論理までなのだけれど・・・。

解説は部分的に野矢氏、道元老師、無門老師の掛け合いで進んでいくというのも面白い。分かって無さそうだった無門老師が突然鋭い発言をしたりする。

また、私はこの本を読んで初めて、証明というのが何をすることなのか分かった気がする。

おわりに

学生の頃にもっと国語を真面目に勉強しておけば良かったという、小並な気持ちもあるけれど、その一方で、大人になってから思い立って勉強するのも悪くないし、遅くもないとも思える。大人になっていろいろ経験した自分だからこそ、本に書かれていることがズシリと腹に落ちるような学び方ができるんじゃないだろうか。

知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり (論語)